2009年2月7日(土)~3月1日(日) 1F main + 2F salon & 3F gallery
文 / 小金 沢智 (neutron tokyo) 写真 / 表 恒匡
実在と不在。完全と欠落。接続と切断。神聖と不浄。こうした二項の間を往復し、その〈間〉に焦点を当て作品化することが大和由佳の制作と言えるだろうか。 「存在の満ち欠け」と題された個展ではその不断のやり取りが、インスタレーション・平面・立体と、様々に形を変え提示された。
たとえば最初の展示室では、照度を落としたスポットライトだけを照明とし、その天井から大和曰く「実」が紐で吊り下げられた。百を優に超す実は大和が原 型を作り、業者に依頼してブロンズ鋳造したものである。ヒスイカズラの花を元にしているが実際はその形態をゆるやかに逸脱し、すべての形が異なっている。 重要なのはそれらが吊り下げられながらも決して地面に触れず、ぎりぎりのところで宙に留まるよう計算されていた点である。
そして大和は奥の小部屋にそれらが地面に落とす影を模した切り紙を一堂に集め展示し、さらに隣室には床面積のほとんどを占める水場を作りその中に白い砂を 撒き、中央に一点だけ実を吊り下げた。ここでも実は着水するか否か、その境界に留まるよう計算されている。一階ショーケース及び二階には、紙に半田ごてを 用いて実の輪郭を縁取るように加熱し、落下の瞬間をコマ撮りしたかのごときドローイングも展示された。大和がインスタレーションと並行して制作しているこ うした平面作品は、お互い補完し合いながらも独立した作品として重要である。
《たいらさをめぐる―落影》(ブロンズ・水・砂・紙など、サイズ可変、2009年)と名付けられたこの新作インスタレーションはしかし、予想以上に会場の 湿温度と関係し合ってしまった。貯めた水が乾燥によって引くことは作家も経験していたために予想していたが、むしろそれはほとんど起こらず、紐が室温の微 細な変化によって伸縮してしまったのである。それゆえ実がどっぷりと水に浸かることもあれば、その差が開きすぎることもあった。総容量1トン近い水をその 都度増減させることは不可能である。悔やまれる現象だった。