2008年から制作を開始した《The world turns over》のシリーズで、中比良は水面を境に、水面に映る景色と現実の景色の対比を逆転させて描くことを試みている。現実の景色をグレーを基調にした色彩 で単純化し、写真を元にしてまさしく流動的な水面に映る景色を仔細に描く。その画面が鑑賞者に突きつけるのは、つかみ所のない水面に表れている景色は不確 かであるものの確かにそこにある景色に違いない、という確信であり、現実の景色がそれでは絶対的に確かなものだと言い切れるのか、という疑いである。
《The world turns over #14》(2009年 / 1000×900mm / Oil on Canvas)
そのような「世界」についての認識がまず中比良の作品を貫いているわけだが、しかし実際の作品はそのような思索の賜物としてだけ完結しているのではなく、 絵画としての視覚的な魅力を十分に備えている。
今回の個展での新展開として、2008年の個展「The world turns over」(gallery neutron / 京都)では建築物や植物が中心でありそこに人間や動物は描かれることがなかったが、新作では鳥や女性が画面に登場し、作品の幅が広がりを見せたことがまず 挙げられる。それからグレーの階調について前回の個展で不明な点を指摘されたことで、より適正な階調を目指すようになったという。
《The world turns over #15》(2009年 / 890×1460mm / Oil on Canvas)
桜を取り入れた《The world turns over #14》(Oil on Canvas、1000×900mm 、2009年)は植物を中心に据えたものだが他にはないピンクの色彩が特徴的で新味があり、最新作の《The world turns over #15》(Oil on Canvas 890×1460mm、2009年)は初めて人が登場し、水面に映る景色には鳥が数羽羽ばたいているなど構成の一層の深化が認められる。作家によれば他の シリーズと異なってまだまだ描きたいモチーフ/場面があるというから、作品は今後、さらなる展開を見せるだろう。中比良の描く「世界」は、必ずしも劇的な 変化が起こる類いのものではない。だがたゆたう水のように、「世界」のゆるやかな変質を私たちに見せることになるはずだ。