〒107-0062 東京都港区南青山二丁目17-14
TEL & FAX 03-3402-3021
mail : info@neutron-tokyo.com
谷口 晋也 展 「土と水の形」
2010年5月19日（水）～6月6日（日） [ 会期終了 ]
ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾
陶芸の実力とは一概に計り知れるものでは無いが、私が基準として考えるのは作家自身のアイデアのユニークさ（独自性）と、それを陶で作り上げる再現力（い わゆる技術）の二点が挙げられる。この二つを確実にクリアしてこそ、neutronのような現代美術に軸足を置きつつ、日常（日用）的な存在としての美術 の提案を心掛けるギャラリーでの取扱いに至るのは言うまでもない。谷口晋也は実に高いレベルでその二つの基準を突破し、かつ自身の表現世界の中から neutron tokyoの明るい三階室内での提案という前提で作品を選び、今回は「水琴窟」という新たな試みを打ち出した。
そもそも、彼は「宇宙雑器」というオブジェのシリーズを長い間手がけており、その形状は有機的な動きを伴う円盤のような、あるいは自律回転運動によって 浸蝕形成されたかのような不思議な形態のものであった。もとは轆轤（ろくろ）の回転運動によって成形するのだから、上記のような例えは当たり前だと言われ ればそれまでだが、しかしそういった陶芸の成り立ちを本質的に取り入れつつ、宇宙的で先鋭的なフォルムを生み出すことにかけて（しかも極めて上質に）、彼 は大学院修了時点から既に他を大きく引き離す技術を有していたのは確かである。2003年のneutron初個展「Outlook on the universe」は、まさに彼のそんな技術力と発想がふんだんに盛り込まれたインスタレーションであった。円盤状のオブジェが多数床に配置され、当時の ギャラリーが黒い鉄板の床であったことも関係し、岩石などを用いて構成された空間は日本的な「庭」のようでもあり、また深遠なる闇に沈み込んで行く様な、 宇宙の一端を目にしたような光景であったことは記憶に新しい。そして同じ試みは卓上の香炉でも再現され、つまり盆栽のように、彼はその「宇宙観」を見事に 小型化し、岩石と陶器との組み合わせで新しいタイプの香炉として作り上げた。そのフォルムは火星の宇宙基地のようでもあり、実用性と機能美を兼ね備えた造 形は早くから多くの陶芸ファンを唸らせることになる。
その後彼は、陶芸作家を志す者であれば誰でも避けて通ることの出来ない「用途性」と造形美の狭間で格闘し、たまにデパートに出展することもあれば、しか しほとんど発表らしき発表をせぬまま、2006年のgallery neutronでの個展「宇宙に植える」で再び驚嘆のフォルムと洗練された作陶の極みを発表する。ここではインスタレーションというより、大型の陶オブ ジェを三対会場に配置することにより、彫刻的に表現を成り立たせたのがかえって印象的だったほど、個々の作品のディテールは実際の質量を超えた魅力を放っ ていた。そしてこの時期から以降、彼は宇宙的なオブジェの制作から離れ、次第に日用的な（古くからの用途や形状に基づく）陶器への探求へと向かい、まさに 温故知新がごとく、先鋭的なフォルムとは180度方向を変えた物作りへと没頭する。
そして久しぶりに企画された今個展において、彼の二つの魅力を引き出すべく、日用的なもの＝土瓶の連作と、先鋭的な造形美（機能美）＝水琴窟という位置 づけで内容を二本立てにしている。どちらも「水」が関わるものであるのは確かだが、片や土着的・民芸的な匂い漂う「土瓶」と、日本が誇る庭園美術の中で育 まれた粋（いき）の文化である「水琴窟」とでは、その用途から形状・仕様まで大きく異なる。水琴窟とは日本庭園の装飾の一つで、手水鉢の排水を地下に逆さ に埋めた瓶の中に水滴として落下させることにより、琴のような音を発生させる仕掛けである。実はその姿形を白日の下に晒すことは想定されておらず、ここに 谷口晋也が出現させる現代版水琴窟は、当時の地中の構造から発音に至るまでをオブジェとして再構築したオリジナルのものである。
彼が作陶によって生み出したいのはこれらの造形としての物質だけでなく、それを楽しむ心のゆとりや、日本人が忘れかけている日本の素晴らしい伝統・所 作・技法・生活習慣などを慈しむ価値観である。まさに生活に彩りと精神的な豊かさをもたらす美術。きっと谷口晋也の提示する「宇宙」は、遠く見上げる夜空 の先ではなく、私達の心の中に位置するものであるのだろう。
