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neutron tokyo 1F main gallery + 2F salon Exhibition

金 未来 展 「免疫という名の祭壇」
2010年8月21日(土)~9月12日(日) [ 会期終了 ]

Comment, gallery neutron ISHIBASHI Keigo

ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾

  今年5月に京都ギャラリーで先に開催した個展のタイトルは、『第一章 ~ 第三章』「物語の幕開け (狭間に埋もれた心理の空洞)」という些か謎めいたものであった。果たして何に対しての第一章から第三章なのかと言えば、作家がここ数年間をかけて(ある いはもっと長期間の中で)取り組む全十作の大作シリーズの中の1番から3番までという意味であり、つまりは大きな世界観を有する連作の始まりの部分にあた ると言う事である。展示構成においては中央にその3つの作品(個別に成立もするが背景は連続しており、左から「第一章」が始まって右に展開する形になって いる)、左右の壁面には小型のポートレート作品がそれぞれ3点づつ。今回の東京展はその巡回展でありつつ、一部新作も携えて臨むことになる。

  20代の作家にとって「光」とは未だ手探りの先にある希望と捉えることも、「闇」は暗中模索の只中の意味であると捉えることも許されるかもしれないが、 果たしてそれだけかと言えば、金未来が主張するその両者はもっと人間の思考にまつわる根源的な部分に存在するものだと気づく必要があろう。いわゆる「幻想 文学」「幻想美術」と銘打たれる歴史上の思想及び表現が、彼女の試みに近づくヒントにはなるかも知れない。人間の底知れぬ欲望、宗教的価値観の反動による アナーキズムが生み出す数々の表現は時代の中に痛烈な一撃を見舞い、やがて文化の成熟を促し、必要悪として評価されるに至ったとするならば、果たして金未 来が今この時点で見ている光と闇は、そういった歴史上の産物を感受性豊かな視点で再構築しているだけなのだろうか。私はこれについて即答で「YES」とは 言い難い。何故なら彼女の絵にもステートメントにも、人間の感情を逆撫でするような刺激的で直接的な攻撃姿勢は見て取る事はできず、その画面からは一見し て穏やかな・落ち着いた風情であり、静謐な佇まいこそ感じられるものの、いたずらに好奇心をもてあそぶような要素は浮かんでこないからである。

  では作家の見据える「光」と「闇」とはどういったものなのか。ここでは「光」を「闇の先に見えるもの」として捉えることにより、焦点を「闇」という暗が りに絞ることにする。そこで気づくのは、彼女の絵がどれも背景に暗澹たる・深い海の奥底のような色調を帯びており、まさに光の届かぬ地点での出来事を描写 しているのではないかと思う点である。時に燃え盛る炎のような赤、または真っ青な水面のような群青を帯びることもあるが、ほぼ一様にそれら背景は奥行きが 閉ざされ、鑑賞者の視野は決して広くない範囲で塞がれており、必然的に目の前のポートレートに焦点を合わすことになる。その表情は極めて無きに等しく、喜 怒哀楽といった感情を読み取るのは困難であり、そして不思議なことに、その瞳は角度を変えて見ても鑑賞する私の方をじっと見ている様な錯覚に陥るのだ。描 かれている女性の顔は何となく作家本人にも似て、実際に多くの鑑賞者からそういった指摘を受けるそうだが、作家は自身を描いているという意識はあまり無 い。ただし思考を具現化する過程で形成する表情は必然的に、思考を持ち歩く作家自身にも乗り移り、両者は極めて近い関係にあるのだという事は言えよう。

  とにかく深海のごとく閉ざされた暗闇を背景に、モチーフは毅然としてこちらを見据えている。泪を流すものもあるが、悲しみという一律な感情だけがスト レートに伝わるわけではなく、目を閉じているものからは恍惚のような、あるいは諦めのような表情を見て取ることは出来ても、その真意は定かではない。多く の表情は決して口を開くでもなく、ただじっとこちらを見据えているだけである。蛇や蝶、花、海月・・・などの象徴的で装飾的なモチーフを身に纏いながら、 おそらくはそれらも「コスプレ」ではないが瞬間的な在り様に過ぎず、本質的には描かれている存在は普遍(不変)であることの暗示であるようにも見て取れ る。記号的な要素に目を奪われ過ぎては、画面上の存在そのものを見まがうような、誘いに引っかかってしまうかのように。

  まるでこの闇は人間の心を映し出す鏡のようなものである。想像という、人間に与えられた才能を逆手にとるように姿形を変えて現れる存在は、作家自身の化 身でありながら、同時に私達を誘惑し苦しめる根源的な何かである。深い海のそこにはきらびやかな光も、都会の喧噪も、気ぜわしさもストレスも狂乱も届かな い。美しい人間の姿を象った存在はその無言の有り様に、人間の秘めたる可能性や能力を思い出させるかのうように、ただゆらゆらと揺れ動き佇むのみである。

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