「 楽園の何処か 」 寺島みどり(平面)
2011年4月27日(水)~5月15日(日) [ 会期終了 ]
ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾
「 分け入っても 分け入っても 青い山 」 山頭火
言わずと知れた有名な句であるが、なぜか私がこの度の寺島みどりの作品を紹介しようと思う際、ふと頭を過ったもので、以後なかなか頭を離れない。この句 は「大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た」というように山頭火が味取観音堂を飛び出し、あてもないさすらいの旅に出たとき のものとされている。句の中の「青い山」については諸説あるが、どうやら山頭火の求める理想とは違ったものであり、奥へ奥へと進めども一向に求めるものが 得られない、見えてこないもどかしさを表してもいるようである。
寺島みどりの最近の絵画を見ていると、まさに分け入って分け入って、どこまで進むのか分からないがひたすらに何かを追い求めている切迫感を感じずにはい られない。山頭火と同じく、旅の答えはそう簡単には見つからないのであろうが、道中の様々な出来事や発見を余すところなく画面に記録し、再びそれを眺める 際には描いた当時には気付いていなかった何かをも見出さんとする貪欲さまで見て取れる。求道者にとって、結果よりもその過程こそが重きを置かれるものであ るとは、画家としての寺島みどりを言い表している様に思える。いや、寺島みどりの近作の中には道と思しきものさえ見当たらない。全く視界を覆い尽くし進路 を塞いでしまっている草花、あるいは色彩と筆の動きによる激しくも華やかなダンスは、山頭火の悩みよりももっと即時的に、瞬間的に私達に迫って来ている。 ここから先へ進むも後へ下がるも容易では無いが、かといって不安や恐怖を覚えてばかりかと言えば、決してそうでもない。何故か心地よい逸脱や永続的な忘却 といった行為的感覚を得るのは、その光景の成り立ちによるものだろうか。
作家の代表的なシリーズとして挙げられるのは、やはり2003年~2007年当時にかけて主に作られていた、地平線(あるいは水平線)と見えるシンプル だが印象的な構図の連作だろう。ビビッドな色彩のコントラストと、力強く引かれた線、塗り込められた数多くの色彩を決定的に覆う単一の色面は、逡巡の上に 辿り着いた地平がいかに作家にとっての目標であり、かつ最終地点ではないことを示していたようにも思える。なぜなら、何度も何度も試しては到達したかの様 に思えた地平はその後緩やかに消滅し、2008年以後取り組む「見えていた風景」のシリーズでは、決定的構図を取るよりもむしろ反対に、いかに瞬間的であ り、動的であるかを模索するかのように、寺島みどりはひたすらに体を動かし、大きな画面に徹底的に対峙し、予定調和に陥ることない冒険の旅に没入して来た のだ。2009年には大阪を皮切りに東京、京都、岡山と立て続けに同名タイトルの個展(岡山は美術館個展)を開催し、そのどれもがほとんど間髪入れず行わ れたにも関わらず、常に先へ先へと進む姿を見せるように新作を投入してみせた。2010年の初頭には京都芸術センターでの公開制作において、約一ヶ月の 間、会場の四方を画面として絵筆を振るい続け、鑑賞者は作家の一歩一歩の前進あるいは後退を、リアルタイムでパノラマ風景の中に体感した。そしてその後、 作家は少し時間を置き、闇雲に進むのではなくじっくりと目標を見定め、確信を持って進む道を決めたと言うのが今年に入っての状況だと推察する。例え画面に は見えなくても、寺島みどり本人が進むべき道ははっきりと見えているのだろう。
抽象や具象の違いは寺島みどりにとっては意味を為さない。描く画面には必ずその時見ている光景がはっきりと描かれており、前に進むにつれて状況は変化 し、やがてどこかの地点で立ち止まって見せる。作品は寺島みどりの旅のほんの一瞬のスナップであり、全てではない。おそらくは本当の醍醐味は、塗り重なっ て覆われた全ての色、筆致、点、あるいは描かれなかったものにまで存在する。山頭火にとってどこまでも続く青い山が時に失望を与えた様に、寺島みどりがこ こで楽園と名付ける光景もまた、本当の目的地ではない事は確かである。