「 The world turns over 」 中比良真子 (平面)
2012年4月4日 (水) ~ 22日 (日) [ 会期中 4月9日, 16日 月曜閉廊 ]
「The world turns over」 に寄せて
美術は時代の映し鏡であるとすれば、私達の生きるこの大変な状況は図らずも、現代の作家達による作品に意識的にも無意識的にも描写され、後世に残るものなのだろう。震災発生から一年が経過したが、私達の住む世界を一変させた未曾有の出来事の影響を薄れたと感じる者は日本国内にはどこにも存在せず、むしろじわじわと今までの世の中の根底が崩れ、新しい価値にその座を奪われる様を目撃することが日増しに増えている。それまで正しい、あるいは当然と思われていた世界の見方は今、通用しなくなっている。そして新たに浮上したそれらは、いつの時代まで受け継がれるのか、誰にも分からない。 私達の住む世界はこうして劇的に変動の時期を迎えながらも、淡々と時を刻み、残酷に四季は移り変わる。
中比良真子が描こうとするのは、そんな世界の片隅の些細な出来事である。しかしそこには作家だけでなく、誰かが気に留めるであろう何かが潜んでいる。時代の潮流や趨勢にとらわれず、自分の視点を変えずに世の中を見つめて描こうとしてきた中比良は、キャリア十年を迎えようとする近年特に評価の声が高まっている。デビュー当時は画風の洗練さと(当時モチーフにしていた)女性の描写に話題の焦点が当てられたのも事実だが、そこから次第に展開される数々のシリーズは、決してどれもが作家の意図の通りに注目されたとは言い難い。しかし多くの作品を生み出して来た今、そのどれもが必然的なものであり、重要なものであると誰もが認める事ができる。それは一重に作家の粘り強い観察と制作の繰り返しによるものに他ならない。
水に浸かる女性の姿を活写して注目された「Watering」と「Out of bounds」、女性の繊細な感情を草花に比喩して顔面や体に描き同居させた「blooming」で女性的な画風を見せたかと思えば、風景をデフォルメして鳥の視点から描いた「bird eyes」では一気に世界の広がりを捉えようと跳躍し、続く「The world turns over」(本展覧会に続くシリーズ:2008年からスタート)では水に映った景色と実際の光景を反転させ、夜の街に浮かぶ生活の灯りを描いた「Stars on the ground」では人物を一切描かずにこの世界の希望と温もりを描いてみせた。 どれも写真を基に忠実に描く部分と、作家の意図によって削られ、デフォルメされる部分の対比が心地よく、中比良作品の特徴となっている。そして全てのシリーズを俯瞰して見えてくるのは、水、光、空、そして人の存在である。
昨年、神戸の美容室ギャラリーで開催した個展のタイトルを、中比良はあえて「Sunny Water」とした。「あえて」と書いたのには理由がある。放射能汚染によって「水」に対する安全意識が高まり緊張が続く中、中比良はそれでもこの世界の重要な構成要素であり、人間の体の70%を占める物質であり、地球を象徴するものに希望を託そうと思ったのである。
ここにお見せする「The world turns over」の最新作は、そんな作家の水に対する気持ちの表れたものばかりであり、これから先の未来へのメッセージでもある。縁あって既に今年の一月に京都のカフェ&ギャラリー「near」で先攻発表された作品と併せ、作家にとっておそらく一番評価の高いシリーズの真価が発揮されるだろう。
地盤の揺れ動く東京の街中で、中比良の描く水に映る景色を通じて、私達の住む世界に思いを馳せて頂きたい。
gallery neutron 代表 石橋圭吾 |