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いちかわ ともこ 展 「屋根裏の小さな聖堂」
2010年1月9日（土）～1月31日（日） [ 会期終了 ]
ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾
宗教と美術は洋の東西を問わず、切っても切れない関係にある事は今さら言うまでもない。身近な日本の寺社仏閣を見ればそこかしこに技の限りを尽くした襖絵 や彫像、工芸品などの宝の山が当たり前のように存在するが、それらが当時どのような作り手によって、どのような祈りを込めて生み出されたものかは、国宝や 重要文化財に指定されるほど幸運なものとそうでないものとでは異なる運命を辿る。しかし無名な作り手による、あるいは作者不詳のものであったとしても、そ こには等しく崇拝と祈りの対象となるべき存在価値があり、それは名手の手によるものとそうでないものとで、本来の価値を変えるものであるとは言えないだろ う。
西洋においては代表的なキリスト教における宗教画の発展は、後の西洋美術そのものを生み出す源流となり、世界各地で勃興した文明の跡には必ず美術と宗教 の名残が存在し、グローバリズムのまっただ中の現在においては宗教は争いの火種となる一方で、片や美術は相互理解の立役者としておおいに役立つことにな る。ただ、そこに人間本来の祈りや崇拝への普遍的な欲求や感情を見る事なしに、形骸的な違いだけを特別に追究し文化の異相を本題として語られる場面が圧倒 的に多いことも、否定できない。美術は宗教や人種の違いを主張するためのものなのか、あるいは等しく地球上に住まう人間として同じ祈りを共有するためのも のなのか。
日本では民間の土着信仰がやがて大陸渡来の仏教と結びつき、一方では神道という万（よろず）の神を祀るオリジナルの宗教を創出し、しかもそれらは地域に よって緩やかに関係し合い、今に至っても私達の生活に違和感無く共存している。さらにはキリスト教の存在すら寛容に受け入れ、当たり前のようにクリスマス を祝ってみたり。だとしたら現代において日本はいち早くイスラム教に理解を示すべきであり、世界における宗教の一大メッカであることを目指しても良いので はないか。・・・そう思えるほど、私達は宗教と、そして世界各地の美術・文化の受け入れに無抵抗で積極的である。だがそれが「受け身」ではなくメッセージ を発する側に回ろうとする場合は、極端にポテンシャルが落ちることになるのだが。
旧ユーゴスラビアの有名なサッカー選手が母国の戦渦の最中に試合でゴールを決めたとき、熱い感情を昂らせてユニフォームを脱いでその下に母国への空爆を 止める様に書かれたＴシャツを大観衆の前で叫びながらアピールした時、私達はその昂りが政治的なものであると知り、一方では彼のその高揚した姿に感動すら 覚え、彼の切実な行動に普遍的な祈りの強さを感じずにはいられなかった。それは宗教とは別の次元での発露だが、政治と宗教は世界においては密接に関係し合 うことを思えば、翻って私達の住む日本において実に機能的に政治・宗教・美術及び文化が分けられているかを知る。無論、目に見えない根底では思想が入り組 み様々なせめぎ合いがあるとしても、日本人は無宗教であることを何のためらいもなく自己紹介し、だからといって祈りの気持ちを失っている訳では決してな い、ということであろう。
前置きにしてはだいぶ長くなってしまったが、そのような日本の国に生まれ育ち、「民族アパート」という絵本ではおおらかな大地に育まれた多様な生命・人 種に対する等しい愛情を示し、続く「おおきなサンタ」では西洋のクリスマスに登場するサンタクロースの存在を借りて博愛の心を掲げ、以後いちかわともこは 繊細で包容力のある絵画で着実にファンを獲得し、今に至る。2009年のneutron kyoto（京都）での個展「箱の中の記憶」では、自身における今までで最大の画面制作を行い、どこまでも続く青い芝生とその上に存在する生命、家、豊か な作物などを表し、同名の新作絵本も瞬く間に完売するほどの評価と人気を博したばかりである。
いちかわが描くのはまさに、人の温かみとイメージの豊かさ、そして現実世界の切迫した緊張を見据えた上での平和への願いであり、それはまさに、宗教を超 えた祈りである。いちかわの作品には宗教の形式的なアイコンと見えるモチーフも多数登場するが、既存のどの宗教に寄り添う訳でもなく（強いて言えばキリス ト教に近いが、精霊や地蔵など日本の土着信仰にも通じる部分は見出せる）、その本質的な「祈り」を描くことに最大の重きを置いている。全ての登場人物や光 景は丸くふくよかであり、四季の恵みである食べ物を美味しそうに頬張り、陽光の下で気持ちよくうたた寝をして見せる。まさにそこは、全人類の辿り着くべき 約束の地であるかのように。
