三尾 あすか 展 「letter」
2010年6月30日(水)~7月18日(日) [ 会期終了 ]
ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾
大阪芸術大学短期大学部(絵画コース)を経て、京都造形芸術大学(油画コース)を卒業した「あすか」には、実は双子の妹「あづち」が居る。岐阜県で生まれ 育ち、豊富な自然環境に囲まれ、父親が木工家であったことからの物づくりへの関心は当然のごとく二人の中に芽吹き、現在に至るまでそれぞれ独自の路線を貫 きながらも美術作家への道を一歩一歩歩んでいる。(※ちなみに「あづち」は京都嵯峨芸術短期大学イラストレーション科を卒業した後、制作発表を精力的に 行ってきたために、「あすか」より先んじて個展発表も経験しているが、「あすか」にとっては今回が自身初の個展となる。なお、従来は二人のコラボレーショ ンという形での双子展も開催してきたが、今後も個々の活動はリンクしながらも自立したものとして進む。)
あすかの作品はそもそもアクリルペイントを基本とし、大画面から小作品・ドローイングに至るまで、必ずと言って良いほど「★」型のモチーフ(あるいはパ ターン)が繰り返し登場し、画面を覆う抽象的でカラフルな色彩の海にそれらのキラ星が縦横無尽に存在するのが特徴である。だがそれらの星々は、華やかでき らびやかなものとは限らない。私達が装飾的に用いるアイコンとしての★は常に輝きを放ち、喜びや希望といったポジティブな要素を表す事が多いのだが、あす かの絵に登場するそれらはどこか儚げ(はかなげ)で寂しげでもあり、ゆらゆらと形を留めない。形こそヒトデ(海星)型で認識しやすいものであっても、夜空 の広大なパースペクティブの中で絶対的なマーキングを請け負うほどの力強さや、女性のファッションアイテムに登場する様な華麗さは持ち合わせていないよう だ。何となく遠慮がちで引っ込み思案な様子・・・それでいて画面全体を支配する影響力は、決して軽んじることは出来ない。その不思議な存在感こそ、あすか の描く★が表すものである。
頼りなくて儚く、ぼんやりと漂うようでいて★は世界の中心に在る。時に青ざめ、時に赤く燃え上がる様相はまるで人格(キャラクター)を備えたものである かのごとく、私達に何かを語っているのかもしれない。一つ一つが作家の内なる一瞬の輝きを放ち、群像は強い思いの集積を物語り、前に出たり奥に引っ込んだ りしながらも決して消えることのない★は、あすかの内面に潜む作家性の強さ・念の大きさを感じさせると言えよう。
2008年以降の近作では従来の絵画作品に加え、布に刺繍という制作手法も次第にウェイトを増し、今回は作品全体数の半分程度を占めるほどに至る。当初 はアクリルペイントでは実現できない線を表す手段として、塗りとの共存を試みたところから、今では刺繍作品は絵画作品と分かれて自立するようになり、両者 はそれぞれを補完し合うかのように「線」と「塗り」を体現し、それぞれが★の形を象ることで、あすかの世界観を確実に広げて見せる一助となっている。一般 に線は強弱や揺れ動きなどのニュアンスによって感情・心理を表すことに適しているとされるが、それが糸を用いる刺繍であっても、あすかにとって線描である ことは変わらない。アクリルで塗られた★が物語るものもあれば、刺繍の糸に依って伝えられることもある。絵画にまつわる「線」と「塗り(地)」の問題は、 はからずしも二つの手法と形態に分かれる事によって、矛盾なく一つの作品世界を成立させることとなる。(※ただし刺繍作品にも支持体となる生地の色や、染 められた背景が存在するため、二つが完全に分かれたとまでは言えない。)
さらに、今回のタイトル「letter」が表すものに、あすかの最新の要素が隠れている。読んで字の如く「手紙」とはつまり、誰かに宛てた「ことば」を 意味する。自分の気持ちを大切な誰かに伝えたい。そもそもの始まりはシンプルで、切実な動機なのだろう。それを持続させ、かつ作品というものへと昇華させ るのは誰にでも出来る事ではなく、本来的に誠実な心をもつ人にしか適わない。ことばの重さが問われる時代だからこそ、いやいつの時代であっても、心無きこ とばは人を喜ばせるどころか傷つける。-思えば「綴る」という字は糸を織り重ねる様子を表しているが、英語で「letter」には文字を図案化するという 意味もある(=lettering)。あすかの思いの丈がどのように綴られるのか、楽しみにしようではないか。