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neutron tokyo 1F main gallery + 2F salon Exhibition

衣川 泰典 展 「束の間の私達」
2010年10月6日(水)~10月24日(日) [ 会期終了 ]

Comment, gallery neutron ISHIBASHI Keigo

ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾

  「印刷物」という言葉が既に、インクの匂いとともに懐かしさを運んでくるような時代である。話題のi Pad にはもちろん、匂いもなければ手ざわりも無い。あるのは本来のデジタル信号を人間の記憶に合わせるように形骸的に視覚化されたバーチャルな本の像であり、 そこにデジタルのジレンマが現れる。つまりデジタルブックやパソコンの画面上で本を読めと言われても人間はその行為に親しみを一向に覚えられなくとも、本 のページをめくる行為には愛着を感じており、デジタルは画期的なシステムを装いつつも本質的にアナログの質感を再現することを達成しなければ、人間に対し ての距離を縮められないという一つの例である。

  話は衣川泰典という作家に戻すが、彼はまさに究極のアナログ大好き人間であり、行き過ぎとも言える印刷物好きであり、スーパーの広告からピンクチラシか ら美術館のポスターまで、幅広い印刷物の収集癖を持つ。それは或る有名美術作家の仕事に共感を覚えて以来、作品の制作と併行して収集を始めたことに由来す るが、そもそも彼は(世代的にはまさにファミコン世代でありながら)紙の質感やインクの匂いに密かに惹かれて来た一人であり、その興味を具現化する方法を 得たのはまさに、「水を得た魚」、「紙を得た衣川」と言えよう。

  彼の制作する大画面のパノラマティックな様相を一目見れば、その雑多なモチーフの数々、とりとめもなく貼られて・塗られたように見える物事に目をクラク ラとさせながら、私達は全てを等しく俯瞰することをある意味では諦め、せめて何か自分の興味をそそるモチーフは無いか、知っている事象は無いかと画面の 隅々を探索することを始めるだろう。それは決して間違った見方ではない。衣川はそもそも画面に整理をつけようとも、親切なストーリーを描こうともしていな い。ある時はギャラリーと呼ばれる展示空間のギリギリの寸法まで作品の大きさを広げ、とても視野角に収まらないほどの光景を生み出し、ある時はそうしたイ メージの洪水の中から適当な部分/モチーフを切り取り、小さな作品としても提示して見せる。どちらも印刷物を切り抜き、コラージュとして貼り合わせてから 絵具を塗り重ね、元のイメージを再抽出するかのような工程を見せるのが特徴である。私達は彼の膨大な情報(印刷物)のストックから続々と切り抜かれた者達 を、全て吟味しながら意味を探すことをしようとしなくても良いのである。そうしたモチーフ・情報の海こそはまさに、私達が生きるこの世の中を端的に表して いると言うことも出来よう。衣川泰典という人物を介して再配置された「世の中」には、もちろんイメージの偏りや作為こそあれ、どのモチーフに対しても私達 は等しく無関係であることを約束されており、だからこそそれらにどう向かい合おうとも間違いではないのである。少年や少女の姿を作者あるいは鑑賞者自身と 重ねるも良し、あるいはそれらを俯瞰して一連の光景として見ても良し。彼が「みえないもの」とする「他者の物事の見方(まなざし)」を彼自身が鑑賞者に対 して提示することにより、作品は私達の記憶や思い入れを探る装置として機能する。

  しかし単なる客観的な事象の羅列であり装置でしか無かったら、衣川泰典の仕事はもう少しスマートでコンセプチュアルなものであっただろう。はっきり言え ば、彼がどれほど無作為を装おうとも彼の嗜好や思考は見事に画面に溢れかえり、まさか鑑賞者は彼の人格や経歴などを「関係無しに」見ようとは思えないだろ う。悲しいかな?それは紙に鉛筆をもってカリカリと風景をドローイングするもう一つの衣川の姿を見れば、避けられないことであるのは明白である。彼は印刷 物の再構築によってのみ作品を生むのではなく、本質的に絵画(=永遠の二次元のイリュージョン)を信じており、だからこそ自分の絵筆の行き先を最終的な指 揮棒(タクト)と出来るのである。チラシの中からエジプトのファラオを切り取るのも、彼が自ら指導する高校生の姿をスケッチするのも、彼が見る世界の一端 であり、正しく等しいものである。その多くは私達も見た/感じた/経験した物事でもあるだろうが、中には衣川にしか見出せない出来事も少なくはない。彼が 手を使って紙を触り、切り取り、貼り付け、筆あるいは鉛筆を持ち、二次元の上で世界を辿ろうとする行為はまさに「見えているはずのもの」を客観的な距離感 から見つめ直すことでもある。そうして生まれる画面の前に佇む私達に対し、全てのモチーフや素材は存在していることを前提に語りかけてくる。

  「もっと良く見てご覧、 この姿は誰かの目で見た仮の姿なんだよ・・・」と。

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